「母音調和」とは,「1つの単語の中に現れる母音の組み合わせの制限」のことです.フィンランド語では,次のような制限があります.
- 8種類の母音は,前舌母音(ä, ö, y),中舌母音(i, e),後舌母音(a, o, u)の3グループに分けられる.
- 1つの単語の中には,前舌母音と後舌母音が同時に現れることはない.
- ただし,合成語の場合には,その中のそれぞれの単語要素について上のルールが適用される.
要するに,「点々(¨)の付く母音(およびy)と,点々の付かない母音(y以外)は,1つの単語に同時には現れない」ということです.例えば,kylmä(寒い,冷たい)やkulma(角,コーナー)という単語はありますが,kylmaという単語はあり得ません.
また,フィンランド語の単語は語尾が変化するものがほとんどですが,1つの意味の語尾に前舌の単語用と後舌の単語用の2種類があるものがあります.中舌母音のみの単語には前舌用(点々のある方)の語尾がつきます.例えば「〜の中で(内格)」を表す語尾は-ssa/-ssäで,
Tokio > Tokiossa
Helsinki > Helsingissä
になります(Helsinkiのkがgに変わるのは,子音階程交替という現象で,これもフィンランド語の特徴のひとつです).
母音調和はフィンランド人には大変自然なことのようです.例えば,私の共同研究 の相手のいたTampereen Yliopistollinen Sairaala(タンペレ大学病院)はTAYSと略されますが,これを研究所のある人は「タユス」ではなく「タウス」と発音していました.
母音調和のため,フィンランド語では,単語の1つの母音に点々(¨)が付くと全部の母音につくことになり,さらに長い音はääやööのように字を2つ続けて書くので,文字で書くと「やたらに点々の多い言葉」という印象を受けます.
ä, ö, y の多い単語は日本人には発音しにくく,地名でもJyväskylä(中部の都市)やKyrölä(シベリウスの晩年の家「アイノラ」の最寄り駅)というのは難物です.
ところが不思議なもので,フィンランドにしばらくいると母音調和に慣れてしまい,Häagen-DazsやNausikaäという綴りが大変奇妙に見えてきたり,Tromsø(ノルウェー北部の町)をTrömsöと発音してしまったりします(ノルウェー語のøはフィンランド語のöと同じ).なお,フィンランドではこの町はTromssaと呼ばれています.
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