finland
Suomi ja naapurimaat
フィンランドと隣国

アイスランド,ノルウェー,スウェーデン,デンマーク,フィンランドの北欧5か国は,各国民がパスポートなしで移動でき,労働許可なしに就労できるなどの共通政策をとっていますが,歴史的には領土をとったりとられたりの連続で,国民感情のレベルではいろいろと複雑なものがあるようです.

とくにフィンランドは,他の国とは民族も言語も大きく異なり,またスウェーデンとロシアという両大国に長く支配され,さらにソ連との戦争によって領土を失なうという歴史があるため,両隣国への感情は非常に屈折したものがあるようです.大学の研究所の談話室の掲示板に,北欧からスウェーデンを消して海にしてある地図がはってあるのを見たこともあります.また,アイスホッケーの対スウェーデン戦はいつも熱が入ります.長野オリンピックで対スウェーデン戦に勝ったときは,フィンランド人の知人から「スウェーデンに勝ったぞ!」と興奮した調子のメールが届きました.彼は「スウェーデンに勝ったから,もうあとはどうでもいい」と言っていましたが,そのとおり次のロシア戦には大敗してしまいました.


フィンランドの国民的作曲家シベリウスの音楽「フィンランディア」を紹介するときには,ロシアの圧政に対抗する独立運動に大きな影響を与えうんぬん,という台詞がたいてい出てきます.私も単純にその話を信じていたのですが,それは嘘ではないものの,実際はそんな簡単な話ではないようです.

フィンランド人の先祖は,ウラル山脈の方からやってきて,約2000年前にエストニアからフィンランド湾をこえてフィンランドに上陸し,フィンランド各地に散っていったといわれています.しかし,当時のフィンランド人はフィンランドという国はつくらず,部族に分れて住んでいました.そこへ12世紀にスウェーデン人がやってきて,フィンランドをスウェーデン領としてしまいました.それから650年の間,スウェーデンがロシアに負けてフィンランドを割譲するまで,スウェーデンはフィンランドに西欧の文化を伝えましたが,一方で,フィンランド語は公用語とは認められす,高等教育もスウェーデン語だけで行なわれていました.

ロシア時代になって,フィンランドは,ロシアの支配地の中では特別な,自治大公国という半独立国のような地位になりました.たいていの解説では「ロシアははじめは寛大な政策をとっていたが,...」のひとことで済まされていますが,実はこの時代はフィンランド文化にとってはきわめて重要な時代でした.この時代に,はじめてフィンランド語の存在が認められ,スウェーデン風でない「フィンランド文化」が発達したのでした.ロシアとしては,フィンランドからスウェーデンの影響を排除し,緩衝地帯にしようという目的があったのかもしれません.しかし,フィンランドはこのときはじめて「国」となったのは事実です.

ロシア時代の末期には「寛大な政策」にかわってロシア化政策が行なわれ,そのことが独立のきっかけになり,そして,ロシア帝国の崩壊・ソ連の成立とともに,フィンランドは独立を達成しました.交響詩「フィンランディア」のよくある解説では,このロシア化政策や独立のいきさつばかりが強調されているように思います.現在,国民の6%はスウェーデン語を母語とし,スウェーデン語はフィンランド語とともに公用語となっていますが,ロシア語を話す人はそんなにいません.しかし,それはスウェーデンが善政をしき,ロシアが悪政を行ったからではないのです*)

世界史において,ロシアやソ連というのはたいがい「悪玉」のように,わが国では語られています.しかし,実際にはフィンランド文化にとっての悪玉はスウェーデンなのかもしれないのです.なお,現在では,戦争で領土をとられ,戦後長らく圧力をかけられたことがあって,ソ連(ロシア)にたいする感情の方がずっと悪いようです.

ちなみに,フィンランド国歌のオリジナルの歌詞はスウェーデン語で,フィンランド語の歌詞はそこから翻訳したものです.なお,国歌に準じた歌として歌われている,交響詩「フィンランディア」の後半にでてくるメロディーに歌詞をつけた「フィンランディア賛歌」は1930年代のもので,交響詩とはまったく別の成立事情のようです.こちらの歌詞はフィンランド語がオリジナルです.

*) 以前,ここに「現代フィンランド語の単語の約3割がスウェーデン語起源であるのに対し,ロシア語の影響はほとんどありません.」と書いていましたが,suomi-finlandメーリングリストで「ロシア語起源の単語は,あまり気づかないがけっこうある」というお話をうかがいました.訂正いたします.[2002. 11. 24]


もし日本が中国と次のような関係だったら,「日本語を話す日本人」の中国に対する感情は,と考えてみて下さい.

  • 昔,まだ大和朝廷の権力が全国におよばないうちに中国領となった.
  • 今でも国民の6%は中国語を話している.
  • 学校では中国語が必修である.
  • 全国どこでもスーパーマーケットで売っている商品には全部両語が書いてある.
  • 九州の町では全部の通りの名前が両語で書かれている.
  • 両語が話せないと国会議員になれず,国会に「中国人民党」という政党がある(「スウェーデン人民党(Svenska folkpartiet)」という政党はフィンランドに実在し,1995年総選挙では200議席中12議席を獲得しました).

フィンランドのスウェーデンに対する関係はこういうことなのです.ところが,スウェーデン語で教育する学校(大学も2つあって,1つはなんと「スウェーデン高等商業学校(Svenska handelshögskolan)」という名前)は人気があって,初等学校では「親のどちらかがスウェーデン語を母語としていなければならない」というふうに入学を制限しているという話も聞いたことがあります.このことが,この国の複雑な事情を象徴しています.

なお,フィンランド人には,〜nen, 〜laといったフィンランド語の苗字の人と,〜berg, 〜manといったスウェーデン語の苗字の人がいます.ややこしいのは,スウェーデン語の苗字の人にも,フィンランド語が母語の人とスウェーデン語が母語の人がいることです.私はスウェーデン語系フィンランド人が非常に少ないTampereに住んでいたので,あまり気にしたことはありませんでしたが,Helsinkiで出会った日本人は,相手のフィンランド人がスウェーデン語系かどうかはけっこう気を遣う問題だ言っていました.「英語で話しているときに,地名をスウェーデン語で言う人はスウェーデン語系」という方法で判断する,ということでした(Helsinkiなどの両語併用地域では,下の写真の駅名のように,地名はすべて両語でつけられています).

Helsinki地下鉄の両語併記の駅名標 スウェーデン語優先地区の駅名標
(クリックすると,さらに写真と説明が別ウィンドウで表示されます).


ところで,フィンランド語はスウェーデン時代には「文明語」ではなく,庶民の日常会話にのみもちいられていました.ロシア時代に,スウェーデン語の「文化的単語」が無理矢理翻訳されて,フィンランド語化されました.ですから,むずかしい単語も簡単な語をくみあわせて作られており,外国人にはおぼえやすくていいです(例えば,tähti「星」+oppi「勉強」= tähtioppi「天文学」).

また,フィンランド語は本来人間の性も区別しない言語で,「彼」も「彼女」も同じ単語ですが,職業には最後に"mies"(「男」)のつく単語が多いです(puhemies「議長」(直訳すると「話男」),järjestysmies「主催者」(直訳すると「組織男」)など).これらは明らかに翻訳語と思われます.劇場へいくと,バイトの女性が"järjestysmies"と書いたバッジをつけています:-).

現代でもそのくせが残っているのか,コンピュータ用語もほとんどが翻訳されていておもしろいです(コンピュータはtietokone「データ機械」といいます).


フィンランドの歴史については,フィンランド語などの専門家の松村一登氏のサイトにある「フィンランド史概観」をごらんください.

また,私のサイトにも「フィンランドは親日国か」というページを作り,そのなかに「フィンランド独立と日露戦争」「ロシアは『悪い国』か」という記事を書きました.こちらもご参照いただければ幸いです.